
幅が 3 メートル 40 センチと、加賀神社のある絵馬の中で一番大きいものが「屋島 (やしま) の戦い」です。屋島は香川県の高松市の東方にある島でその近くの海で戦が行われたため「屋島の戦い」といわれています。時は。元暦 2 年 (西暦 1185 年) の 2 月、平敦盛が熊谷直実に討たれた一の谷の戦いのあくる年です。絵馬には屋島の戦いの中でもとくに有名な、那須与一 (なすのよいち) の「扇の的」と、源義経 (みなもとのよしつね) の「弓流し」という 2 つの場面が描かれています。
絵馬右側が「扇の的」で、与一が放った矢が棒の先にゆわえられてあった日の丸の扇にあたり、海に落ちる様が描かれています。左側は「弓流し」です。平家の船に囲まれて、つかまりそうになった義経は、なんとか逃れはしましたが、持っていた弓を海に落としてしまいます。潮に乗って流れる弓を義経は拾おうとします。絵馬では弓を引き寄せようとする義経と、チャンスとばかり船の上から熊手を出して義経を捕まえようとする安芸太郎 (あきのたろう) 達。そして、義経に弓を捨て戻るように叫ぶ家来の武蔵坊・弁慶らが描かれています。なぜ、危ないまねをしてまで弓を拾おうとしたのかと訪ねられた義経はこう答えます。「弓が惜しいのではなく、こんな弱い弓を敵にとられ。これが大将の弓か、と笑われるのが悔しかったからだ。」義経は身は軽かったのですが、力は強くなかったようです。
(島根町誌 (昭和 62 年 : 島根町教育委員会発行) より抜粋)